大判例

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大阪地方裁判所 昭和43年(行ウ)793号 判決 1975年10月30日

原告

野中義郎

右訴訟代理人

片山善夫

外五名

被告

住吉税務署長

宮下藤繁

被告

大阪国税局長

山内宏

被告

右代表者

稲葉修

右被告三名訴訟代理人

上原洋允

同指定代理人

服部勝彦

外四名

主文

被告住吉税務署長が昭和四一年一一月一七日付でした、原告の昭和四〇年分所得税の総所得金額を七七万八一〇〇円とする更正のうち、一三万七五〇〇円を超える部分を取消す。

原告の被告大阪国税局長、同国に対する請求はいずれも棄却する。訴訟費用は、原告と被告住吉税務署長との間においては被告住吉税務署長の負担とし、原告と被告大阪国税局長、同国との間においては全部原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、原告

1  主文第一項と同旨

2  被告大阪国税局長が昭和四三年七月五日付で、主文第一項の更正に対する原告の審査請求を棄却した裁決を取消す。

3  被告国は原告に対し、五万円およびこれに対する昭和四三年一〇月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに第3項につき仮執行の宣言

二、被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。との判決並びに請求の趣旨第3項について仮執行の宣言が附される場合には、担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張<略>

第三  証拠<略>

理由

一請求原因1のうち原告が住吉商工連合会および大阪商工連合会および大阪商工団体連合会の会員である点を除くその余の事実並びに2の事実は、当事者間に争いがない。

二本件更正の適否について

1  まず、本件更正の手続上の瑕疵について検討する。

(一)  本件更正通知書に更正の理由の記載のないこと、および、原告が白色申告書によつて本件係争年分の確定申告をしたことは、当事者間に争いがない。

ところで、所得税法第一五四条第二項は、更正により課税標準等および税額等がいかに変動したかを明瞭にするため、更正通知書に国税通則法第二八条第二項各号所定の事項を記載するほか、更正にかかる総所得金額等についての所得別の内訳を附記すべきものとし、青色申告書にかかる年分の総所得金額等の更正をする場合については、所得税法第一五五条第二項が右附記事項に加えて更正の理由をも附記すべきものとしているが、白色申告については、納税者に青色申告者のごとく記帳およびその保存を義務づけていないと同時に、これに対する更正の場合に右のような理由附記をなすべき旨の規定もないから、更正の理由を知りうることが納税者にとつて望ましいことであるとしても、その記載がないことをもつて当該更正を違法とすることはできない。

(二)  次に、被告署長が、不当な調査をし、また、商工会の弱体化を企図して差別的に本件更正をしたか否かについて検討する。

<証拠>によれば、被告署長の部下係官が昭和四一年五月ごろ原告の本件係争年分所得の調査のため原告方を訪れたが、原告は帳簿等やその基礎となる領収書等の資料を全く提示せず、ただ二、三の仕入先を説明したにとどまり、それ以上の説明、協力をしなかつたので、係官は右仕入先を調査したものの、原告の所得の実額を把握することができず、昭和四一年九月再び原告の店舗に赴いて在庫品の販売価格を調査し、これに基づき被告署長は原告の本件係争年分の所得を推計し、本件更正をしたことが認められるところ、これらの調査について不当な点があつたこと或は被告署長が本件更正をするにつき原告主張の他事考慮をしたことは、本件全証拠によつてもこれを窺うことができない。

2  そこで、原告の本件係争年分総所得金額について判断する。

(一)  被告署長は、原告方の在庫調査によつて把握した昭和四一年九月一二日現在の在庫金額を基礎とし、実調資料によつて得られた実調率割合を用いて原告の昭和四〇年分の期首期末の各在庫金額を算出し、右各在庫金額から同年分の平均在庫金額を求め、これに実調率商品回転率を乗じて原告の売上金額を算出し、さらに右売上金額に実調資料によつて得られた原価率、一般経費率を乗じてそれぞれ売上原価、一般経費の額を算出し、右売上金額から、右売上原価、一般経費、実額による特別経費、専従者控除額を差引いて所得金額を推計している。

ところで、被告署長は、右の売上金額算出過程において、販売価格に基づいて算出された昭和四〇年分期末在庫金額に実調率差益率を適用し(別紙計算式(2)参照)、右差益率適用後の昭和四〇年分期末在庫金額から実調率割合によつて同年分期首在庫金額を算出し、さらに右期首期末各在庫金額から平均在庫金額を求め、これを売上金額算定の基礎としているのであるが、売上金額算定の手段として在庫金額を利用する場合には、あくまでも販売価額による在庫金額を基礎とするべきであつて、被告署長の右操作は、売上原価による在庫金額を求めることに帰し、売上金額算定の段階で差益率を適用することは誤りであるといわなければならない。

そうだとすると、被告署長の売上金額をはじめとする各金額の主張は、次のように改められるべきである。

(1) 売上金額

(イ) 期末在庫金額

二五七万七七八九円

(差益率適用額の販売価額による在庫金額)

(ロ) 期首在庫金額

二三一万四八五四円

(期末在庫金額に実調率割合89.8パーセントを乗じた金額、別紙計算式(9))

(ハ) 平均在庫金額

二四四万六三二一円

(右期首期末各在庫金額の平均、別紙計算式(10))

(ニ) 売上金額 六二一万三六五五円

(平均在庫金額に実調率商品回転率2.45回を乗じた額、別紙計算式(11))

(2) 売上原価 三七五万五五三三円

(売上金額に実調率原価率60.44パーセントを乗じた額、別紙計算式(12))

(3) 一般経費 六三万五〇三六円

(売上金額に実調率一般経費率10.22パーセントを乗じた額、別紙計算式(13))

(4) 特別経費 六万二〇五〇円

(5) 専従者控除額 一一万二五〇〇円

(6) 差引所得金額 一六四万八五三六円

(二)  次に、本件実調資料および実調率の合理性が問題となるので、この点について判断する。

なお、原告は、本件実調率による推計が、本件更正に用いられた推計と異なり、本件更正後に収集された資料に基づくから許されない旨主張するが、課税処分取消訴訟で処分の実体的違法が争われているとき、審理の対象となるのは客観的な租税債務の存否、範囲であるから、課税標準を認定するための資料は、当該処分時において被告署長に判明していた事実であると否とに拘わらず、原則として主張立証することができると解すべきである。

(1) <証拠>によれば、本件各実調率のうち、同業者の昭和四一年一月分在庫金額の同年九月分在庫金額に対する割合を除くその他の実調率の算出根拠となつた実調資料は、大阪国税局訟務官室からの要請に基づき、税務訴訟の証拠資料とするため、大阪国税局長が同局管内の全税務署八三署のうち大蔵省組織規定上種別「A」とされている税務署(主として、大阪、京都、神戸の市内、その近郊および県庁所在地を管轄するいわゆる「A級署」、以下A級署という)四六署の署長に対して、昭和四四年一月七日付で発した通達により、時計眼鏡販売修理業者外二九業種につき統一的な作成基準を指示した上で、各税務署長に同業者につき調査した結果を同業者調査票として提出させ、その後これを集計した結果得られたものであること、右調査の対象は、(イ)当該年分の所得について実地調査を行つた青色申告又は収支実額調査を行つた白色申告の個人事業者であること、(ロ)当該業種目を主として営む事業継続者であること、(ハ)調査票作成時において不服申立て又は訴訟が係属中でないこと、の三条件を備える納税者に限定したこと、右に該当する納税者のすべてについて、前記各税務署において、その収入金額、差益金額、標準外経費控除前所得金額、所得金額、従業員数、および、特に時計眼鏡販売修理業については期首、期末の商品在庫金額を調査し、その結果に基づいて同業者調査票を作成したこと、大阪国税局長が同業者調査票の提出を求めたA級署四六署のうち、時計眼鏡販売修理業につき同業者調査票の提出があつたのは一二税務署計一三例であり、その余の三四税務署からは該当者なしとして提出がなかつたこと、右一三例のうち大阪市内の業者は五例であること、同局長において提出のあつた右同業者調査票を集計したところ別表二、三記載のとおりの結果が得られたこと、また、同業者の昭和四一年一月分在庫金額の同年九月分在庫金額に対する割合の算出の基礎となつた資料は、大阪国税局訟務官室において、前記同業者調査票を提出した一二税務署に対し、右調査票作成の対象として採用された納税者一三名について、さらに昭和四一年分の各月ごとの売上金額、仕入金額、および、同年分の期首、期末各在庫金額を明らかにするよう電話で照会し、そのうち八名(四年分について決算書の提出のなかつたもの二名、同年の途中で法人となつたもの二名、同年分在庫金額が激減したため実調資料として不適なもの一名、計五名を除く)について回答を得、これを集計した結果得られたものであり、その結果は別表一記載のとおりであること、以上の事実を認めることができる。右事実によれば、前記各調査資料は、訴訟資料とすることを予定して収集されたものではあるが、その対象は既に調査を終えていた納税者の過去の事実であり、特殊事情にある納税者は調査票を作成すべき対象から除外され、調査対象の選択およびその結果の収集過程に課税庁側の思惑や恣意が介入する余地は少なく、本件実調資料は一応客観性を有する調査資料であるということができる。

(2) しかしながら、証人今川忠一の証言によると、昭和四〇年当時、大阪市住吉区内だけで原告の同業者は五〇名以上あつたことが認められるから、その当時大阪国税局管内には右の数より遙かに多い時計販売修理業者がいたことが推認され、これに比べると前記調査票の対象となつた業者は大阪国税局管内で一三例、大阪市内でわずか五例にすぎず、その数が著しく少なく、かくては選ばれた業者の中にどのような立地条件、営業内容等の偏倚があるかも知れないことになる。

いま原告の売上金額を算定するうえで最も重要な実調率であると目される昭和四〇年分の取扱商品回転率について右実調資料をみると、別表二によれば、同業者一三名の平均は2.54回であるが、最高値は3.78回、最低値は1.22回で、前者は後者の三倍を超え、相当に大幅な差異がある(1.5回未満一例、1.5回以上二回未満四例、二回以上2.5回未満二例、2.5回以上三回未満一例、三回以上3.5回未満二例、3.5回以上三例で、右の平均値を超えるもの六例、それに達しないもの七例)。本件実調率による推計は、右商品回転率その他の実調率の差異の原因となつていると考えられる営業規模、立地条件、従業員の数、能力、信用等の所得に影響を及ぼす諸条件について、その類似性を考慮しないで、実調資料から得られた同業者の商品回転率等の平均値により原告の売上金額等を推計するというものであるが、極めて小数の同業者間にすら右のような大幅な差異がある場合には、それによる推計は合理性がないというべきである。

(3) ちなみに、証人四条一項の証言および原告本人尋問の結果によれば、昭和四〇年当時、原告の店舗は大阪市住吉区加賀屋商店街の目抜通りから路地を東へ入つた三軒目にあつて目立たず、また店舗面積も2.25坪程度で狭隘であり、従事員としては原告と身体障害者の妻の二人がいたのみであることが認められ、その営業の条件はむしろ劣悪であるというべきであるが、前叙のごとく被告署長の推計方法によれば原告の昭和四〇年分売上金額は六二一万三六五五円に達するところ、<証拠>によると、本件同業者一三名のうち原告と同等以上の売上金額を得ているもの七例のすべてが、従事員を四名以上擁していることが認められ、右事実と原告の営業規模とを対比しても、被告署長の推計による原告の売上金額は過大で、合理性に欠けることが窺われるであろう。

(三)  そうすると、被告署長の推計にかかる売上金額六二一万三六五五円はこれを認めるに足りる証拠がなく、右売上金額に基礎を置く売上原価、一般経費の数額もその根拠を失うことになる。なお、昭和四〇年分の売上原価として少なくとも五五万四二三七円があることは当事者間に争いがないが、右売上原価から売上金額、一般経費の額を求めるに足りる合理的な資料は見当らず、他に原告の売上金額、売上原価、一般経費を明らかにする証拠はないから、本件においては、原告が確定申告にかかる所得金額一三万七五〇〇円を超えて所得金額を得たことの立証はないというほかはない。

三本件裁決の適否について

本件裁決の瑕疵について、原告は何ら指摘しないので、被告局長に対する請求は失当として棄却するほかはない。

四被告国の賠償責任について

原告が昭和四二年三月一八日被告局長に審査請求をし、同局長が昭和四三年七月五日右審査請求を棄却するとの裁決をしたことは、当事者間に争いがない。

ところで、行政不服審査法第一条第一項は、行政不服審査制度が迅速な手段により国民の権利利益の救済を図ることを目的とするものであることを明らかにしているが、審査請求の日から裁決までに一年三か月余を要したというだけで、直ちに被告局長の所為が同条に違反し、違法であると即断することはできない。被告局長において、既に裁決をなし得る状況にあるのにことさら裁決を遅らせたり、あるいは、いたずらに事件の処理を放置し、そのために前記制度の趣旨が損われる程度に裁決の遅延をみるような場合には、被告局長の所為は行政不服審査制度を設けた趣旨に反するものとして違法となることがあると解すべきであるけれども、本件全証拠によつてもそのような事実は認め難いから、被告局長の所為を違法とすることはできない。

五以上によれば、原告の本訴請求は、被告署長に対する請求に限り理由があるからこれを認容し、被告局長および被告国に対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(石川恭 増井和男 大谷禎男)

別表一〜四、別紙計算式<省略>

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